質屋の数のピークは昭和三十三年(1958)で、全国で二万五三九店の質屋が営業していた。この年、都内のある質屋には、一ヵ月で二三〇〇件の質入れがあったが、これは同店の最高記録になったという(昭和四十年代後半には川三〇〇件以下に激減)。だが、その後、質屋は減りつづけ、昭和五八年(1983)には八七一五店と、半分以下に大きく減ってしまっている。質屋数が減少していった理由としてはさまざまなことが考えられるが、マクロ的に見れば、なんといっても高度経済成長で国民所得の向上が大きく影響している。そして、経済の成長は、社会保障制度や年金・保険制度の充実へとつながる一方、各種金融機関の消費者金融への進出、カードローンやサラ金の普及などを呼び、質屋の利用を低下させたといえる。もう一つ、人々を質屋から遠ざけた要因は、質草が大きく変わったことである。高度経済成長期は、三種の神器ではないが、電気冷蔵庫や電気洗濯機、テレビ、ステレオといった大型家電品が質草の多くを占めていた。だが、こうした大型家電品は保管や持ち運びにはとても不便で、それが結果的には、人々の質屋離れとなったわけである。